ジョグジャカルタは、町のどこにいても、ラジオを聞いていてもアザーン(Adhan、礼拝を促す呼び掛け)が流れてくる、ムスリムの街だ。ここ10年ほどの間にファッションとして浸透したものとは聞くが、町ゆく女性たちの多くは、さまざまな色やデザインのヒジャブを被っている。男性も、チェック柄のサルン(Sarung、袋状に縫った腰布)を巻き、黒い帽子を被ってモスクへ向かう姿をよく見掛ける。実際私が滞在しているRumah Kijang Mizumaの管理人クリイプ氏も、昔ワルだった分いま大変敬虔なムスリムで、毎週金曜日にはこのおきまりの装束をぴしっと決めて、じゃあね、とモスクへ歩いていく。

しかしそのジョグジャカルタも、かつては仏教やヒンドゥー教を信奉する王朝が栄えた土地だった。それを示すように、ジョグジャカルタ周辺には、数多くの寺院遺跡が遺されている。

これらの遺跡は、もはや寺院としての機能を有してはいないが、先人の遺産として人々からとても大切にされている。ヒジャブ姿の女性たちが異教の遺跡を楽しそうに見て回ったり、観光客に解説しながら歩いている様子は、「多様性のなかの統一」なるインドネシアの国是を目の当たりにしているようで、大好きだ。

その遺跡群のひとつ、世界最大級の仏教寺院遺跡として知られるチャンディ・ボロブドゥールでは、毎年5月の満月の日に、世界中の仏教徒が集い祈るワイサックという祭りが開かれる。今日ボロブドゥールが寺院として使われていないこと、インドネシア国民の0.72%が仏教徒(外務省、2013年)という数字からも窺えるように、ボロブドゥールのワイサックは伝統的な祭りではなく、割と最近始められたイベントであるらしい。深夜にはランタンを飛ばすというが、おそらくインドネシアで古くから行われてきた慣習ではないだろう。観光客向けだったらどうしたものか…とも思ったが、ちょうどワイサックに行ける日程でジョグジャカルタに滞在しているのだから、行かないほうがもったいない。

ということでワイサック当日の5月29日の朝、Go-Jekでジョグジャカルタ市街からボロブドゥールに向かった。