画師日鑑

お絵かきを生活の糧としている人の思考拠点。

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D09 地球の歩き方 香港 マカオ 深セン 2016~2017 [単行本(ソフトカバー)]

これの地図を見ないと旅行計画が立てられません。
島部のハイキングコースの提案のほか、アートギャラリーの情報が充実していて嬉しい。


自作に誘われて、香港へ行くことにしました。

香港というと、もと英国領で、ひたすらごちゃごちゃした街という印象しかありません。しかしいざ調べてみると、どのような土地にも古い生活が残っているところ、すなわち「いなか」というものがあるものですね。『地球の歩き方』に目を通す限り、香港には古いものが「残っている」ところよりも、観光地化して「残している」ところのほうが多いようです。ここにはもしかすると、あの悪名高いアヘン戦争に続いた英国による占領や、日本軍による占領以前の暮らしを後世に伝えたい、という思いがあるのかもしれませんが…。そう思うと、香港の「日光江戸村」に行ってみるのもいいかもしれませんね。でもやはり本当に触れたいのは今も続けられている土地の生活。香港、内陸に築かれた石の建築物のほか、とくに水上生活者の舟が集まっているという漁村が目を引きました。

ということで、以下香港の行きたいところリスト。
これ作らないと、宿が決まらない。決められない。かっぱえびせん。

もちろんスリと冷戦しながらごちゃごちゃした街を歩くのも大好きなので、街のリストも作るよ!

(※ということで、以下のリストに付されているメモは、あくまで各地について調べた段階での情報です。
まだ香港へ行っていない人は参考にしないでください。帰国後、実際の印象を書き加えます。
それまでこの記事は、ただのインターネットデブリです。)



1.街
香港島…銅鑼湾から堅尼地域まで、雑にみて7.2km。一日でほっつけるか?
・銅鑼湾(Causeway Bay)…アヘンの密貿易で富を築いたマセソン商会のお膝元。
  Noonday Gun…謎の罰ゲームにより、マセソン商会の人が毎日正午に空砲を撃つ。 
  鵝頸橋の下...打小人、スリッパを振り下ろす香港の巫女さん。
  香港塞馬博物館…競馬場附属。馬グッズが見たい。
  渣甸坊(チャアディンフォン)…衣料品屋台。ミニ「女人街」。12:00から。

・湾仔(ワンチャイ)…アートフェア中の拠点。
 ↓ コミックス・ホームベース
 ↓ 皇后大道東周辺の歴史的建造物
 ↓ アジアソサエティ香港センター …ロッカフェラー三世。

・中環(ヅォンワン)…ワンチャイから西に歩くと行っちゃうところ。
 ↓ 香港公園…Aviary、植物園。9:00-17:00。
 ↓ 香港禮賓府(旧督憲府)…日本占領時代の名残あり。
 ↓ ガス燈
 ↓ ギャラリーとか市場とかなんかいろいろ 

・上環(Sheung Wan)…ヅォンワンから西に歩くと行っちゃうところ。 
 ↓ Cat Street 
 ↓ 太平山街周辺…YMCA、香港医学博物館、お廟、宗教的な商店など。
 ↓ 荷李活道公園(Hollywood Park)…Posession point

・西営盤…上環から西に歩くと行っちゃうところ。
 ↓ ガジュマルの神木
 ↓ 西営盤社区総合大楼…30年間廃墟だった元精神病院。隣は麻薬患者厚生施設。

・香港大学
 ↓ 香港大学美術博物館

・堅尼地域
 ↓ 魯班先師廟…大工道具考案者の廟。土木や建築に携わる人の神さま。

あとはトラムなり地下鉄なりに乗って、湾仔か尖沙咀あたりの宿まで帰る! 


九龍半島…市場の渡り歩き。香港島よりもぐちゃぐちゃ!
・尖沙咀(チムシャツォイ) …日本軍が最初に司令部を置いたところ。香港らしいごちゃごちゃ。
 ↓ 九龍公園…朝夕の散歩。

・尖東
 ↓ 西鉄線で北上、あるいは深水埗のYHに泊まる。

・長沙湾駅
 ↓ 季鄭屋漢墓博物館。お墓と副葬品。

・深水埗…手芸用品、おもちゃ。着ぐるみ用に黒い皮を買うぞ。赤もあるかなぁ。
 ↓ 

・旺角…尖沙咀より物価が低いそうな。
 ↓ 關帝廟…九龍半島唯一、香港最大規模の關帝廟。厄払い、商売の神さま。
 ↓ 雀鳥花園(バードガーデン)
 ↓ 通菜町(女人街)…スリ注意の服飾露天
 ↓ 信和中心…サブカル
 ↓ 登打士街…おやつ!
 ↓ 東華三院文物館…清代の香炉とか。
 ↓ 上海街視藝空間…ギャラリーだって。
 ↓ 皮革問屋街…黒い皮をだな…。

・油麻地
 ↓ 棺桶屋
 ↓ 廟街のナイトマーケット。17:00くらいから。
 ↓ 天后廟

・佐敦
 ↓ 腐乳(チーズ)買ったりね。
 ↓ 九龍公園

・尖沙咀…ここか油麻地に泊まりたいなぁ。


島部
・南丫島…ラムア島。人口七千。欧米人多し。ハイキング。

・坪洲島…古くから漁民が暮らす。昔ながらの暮らしが残る。

・長洲島…古くから漁業で栄える。道路がない。小さいのに二万五千人も住んでいる。

・ランタオ島…空港がつくられている島。ディズニーランドもあれば昔ながらの生活もある。
  大澳…水上生活をする漁民の暮らしが残る。
  煕篤会神楽院…弾圧を逃れたキリスト教徒が開いたと考えられる修道院。宿坊。
  ハート・スートラ…新しそうだし、あまり興味ないなぁ。
  ディズニーランド…浦安のでいいじゃん。


北部と深圳
今回はパス。


マカオ…世界遺産に興味はないが、世界遺産にも指定されているポルトガルの街並み。
行けたら行きましょう。



ということで!



所要日数
街歩き:2日
島歩き:4日
予備日:2日
アートフェア: 6日
計:14日

3月10日にお祭りがあるようですが、これに臨むならば3月9日からいなければいけないでしょう。
すると制作日数が減ってしまうのだ。それはちょっと怖い。 

ひとまずこんなかんじで、考えてみたいと思います。
次は具体的なスケジュールを立てよう。 

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本を探したら、13年前の新聞記事が挟んであった。今の自分からは考えられないほどマメである…。

(※小説『沈黙』のネタバレがあるのでご注意ください。)

人は土着の信仰から自由になれない。

昨年、勢い余ってプロテスタントの母校の先生に、シャーマニズムを交えた博論を書いていると書き送りました。すると、「あれほど教化されていたあなたでも、はらわたの底にあった土着的なものには抗えなかったか。でも次回会うときは笑顔で話しましょう」といった、かなりシビアな内容の手紙が帰ってきてしまいました。暗黒面に墜ちた認定を頂いたような気分になり、以外にもそれだけでかなり疲れましたが、同時にこれは「シャーマニズム」や「アニミズム」と称されるものに向けられた、欧米からの生理的嫌悪感にも似た差別的な響きを実感した瞬間でもありました。

しかし遠藤周作の『沈黙』に描かれた信仰は、このような(そして幻想的な)絶対的正しさを求める「キリスト教」を、主人公の司祭ロドリゴの内面を通して、人間の内側からじわじわと否定しています。物語の最後、長崎の自邸の窓の外に広がるお盆の風景を眺めつつ、母国ポルトガルで行われるよく似た祭りを思う「棄教者」ロドリゴの姿は、日本人のカトリック教徒として葛藤を重ねてきた著者が辿り着いたひとつの思想を、やさしく伝えているのではないでしょうか。それは今まさに求められている新しい確立宗教の形に違いありません。数年前にこれまた母校の別の先生から、クエーカーのなかには既にそのような思想が出てきていると伺いました。さすが宗教や地域の境なく、平和主義を実践してきた人たちです。『沈黙』の終盤、ロドリゴの心中に響くようになるキリストの声も、まさに「内なる光」でした。

これまでなぜ『沈黙』の内容をほとんど覚えていないのか不思議に思っていましたが、これを初めて読んだ十数年前、私自身キリスト教に身を置こうとする日本人の内に生じる問題について僅かな違和感しか覚えていなかったのですから、無理もないのかもしれません。ただそのなかで、時折ユダと重ね合わされるキチジローのことばかり覚えていたのは、いくらか示唆的ではありました。

スコセッシの映画、楽しみです。



【余談、むしろ蛇足】

本作にはスター・ウォーズでクワイ・ガンとカイロ・レンを演じているリーアム・ニーソンとアダム・ドライバーが出演していますが、決して彼らを見に行くのではありませんよ!! 笑汗

とはいえ、「ローグ・ワン」でもアジア人キャラが神秘的なものを盲信するという、いくらかステレオタイプを含んだキャラクターに留まったことを考えると、日本文化の影響を強く受けているスター・ウォーズの俳優が、直接日本を舞台とする映画に関わるのは嬉しいですよね。残念ながら『沈黙』には、なぜ幕府が切支丹をあそこまで迫害するのか述べていませんし(参照:「沈黙―サイレンス― 映画が語らない真実」)、撮影地も台湾ですが…。

はぁそれにしても楽しみ。 

生命や霊の力は、線によってのみ表現されるものではない。
草木が風や雪によって歪められるように、人間や動物など、形あるものが不可視な力によって内外から歪められたように表現されることもある。

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私に油画への関心を持たせたのはエル・グレコだった。4、5年の間、聖書を読む傍ら、それを視覚化したキリスト教宗教画に熱中し、主にルネサンスからバロックまでの絵画を延々画集や美術館で眺めながら、自分でも一生分と思うくらいの宗教画を描いた。中でも強い関心を覚えたのはルネサンス譲りの明瞭な色彩と、人体による強いうねりを伴うイタリアのマニエリスム、そして光で人間の内面を描くバロックだったが、その両者を併せ持つエル・グレコに強く惹かれた。そしてウェット・オン・ウェットで描かれたそれは―実際アクリルで模写したことがあるのだが―油彩でなければ到底模すことのできない絵画だった。

グレコは極端に引き延ばされ、炎の揺らぎのようにうねる人体を描いた。これが同時代ほかに例を見ないことから、後の人々はグレコを酷い乱視だったとか、神秘主義者だったなどと評した。しかしグレコが人体をうねらせたのは、乱視によってでも、宗教的陶酔によってでもない。グレコの蔵書や、蔵書への書き込みから明らかになったように、極めて論理的に導き出された生命の描写なのである。例えば、グレコの蔵書の中にある同時代のマニエリスムの画家、ジョヴァンニ・パオロ・ロマッツォの『絵画芸術論』には、以下のような一節があるという。
人物が最大の優美さと生命観を持ちうるのは動いていると見えることである。画家たちはこれを人物の魂と呼ぶ。この動きを表現するには、炎のゆらめき以上にふさわしいフォルムはない。 

(『NHK プラド美術館1 異邦人は光を見た エル・グレコ』日本放送出版協会、1992年、95頁。)
またグレコは、当時の理論の枢要となったアルベルティの考えを継承したバルバロの、「完璧な美はそこに何ひとつ欠けていず、何ひとつ付け加えることができない時に達成される」との論に対し、「とすると、人は死んで初めて完璧になり、昼は夜に完璧になる、ということになろう」と皮肉を書き込んでいる。(『エル・グレコ展』東京新聞、1986年、55頁。『エル・グレコ展』NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社、2012年、196頁。)

これについてフェルナンド・マリーアス氏は以下のように述べている。
グレコは、絶対的な均衡の概念に基づくアルベルティおよびバルバロの「静的な」美を攻撃し、プロティノスにも見られる「動きの中の均衡」という新プラトン主義的な考え方に荷担する。この均衡は、生命を放射する美と同義であり、生命の欠如としてとらえられる絶対的均衡の対極にあった。グレコにとって自然美は、生命なくして、あるいは生命の鼓動ないし精神の表現としての〈動き〉なくしては存在し得ないものであった。
(1986年、同上) 

即ちグレコの引き延ばされた人体と歪みは、彼が美と信じた生命を、精神に伴われる動きによって理知的に描いたものだった。換言すれば、動的な生命の力は、形態を歪めることによって表現されるともいえる。

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葛飾北斎が90歳、亡くなる3ヶ月前に描いた〈雪中虎図〉の虎もまた、ゆらぐように歪んでいる。北斎の辞世の句は「ひとだまで、ゆく気散じや、夏の原」であった。自分の魂が体から離れて、夏の原を自由に飛んでいく様子を、「気散じ」という言葉で表しているという(辻惟雄『あそぶ神仏―江戸の宗教美術とアニミズム』ちくま学芸文庫、2015年、209頁)。虎のゆらぎは、体から自由になってゆるゆると気楽な散歩に出るひとだまのようだ。

私はこのように既にある人体や動物などのプロポーションを歪めて描いてきていないわけではないが、まだ動物や人間の動きに即しているところが多く、充分な跳躍に至っていない。本来ある形を変化させるこの歪みは、例えばグレコが乱視を疑われたように、観者に視覚に対する疑念を持たせる。彼らは自らの視覚と、見た者を受け止める精神が揺さぶられるのが恐ろしくて、画家にそのような疑いを掛けたのではなかろうか。この歪みは、今後の作品により変幻自在な生命の息吹を漂わせるために、より試行と実践を繰り返していきたい表現である。

歪められた線が描く生命は、動物や樹木だけではない。水や大気が巡り、地殻変動や火山活動を続けてきた地球や、それを生み出した宇宙の諸物もまた、絶えず他と影響し合って変化する生きもののようなものである。従って人間が霊魂の存在を見出してきた水や風、石などの無生物がみせる光景を描くのもまた、生命力によって歪められたり、うねったりする線だ。そしてそれは物や現象の表現を越えて、それらの根底にある霊力をも表現する。

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梅の大樹を乱気流のように描いた曽我簫白は、実際に気流を描いた。それは同時に霊力の顕れでもある。〈風仙図屏風〉には、抽象的で真っ黒い渦が、唐突に画面上部から侵入している。鉤のような波を細かく描いた簫白にしては癖のない巻き方だが、その影響力は大きく、画面全体に薄墨で描かれた強風が吹きすさんでいる。

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〈群仙図屏風〉には、計画的に濃度を調整された薄墨と金泥によって、龍と仙人が巻き起こした強風が描かれている。龍が纏う渦は、一部グレーズするように描かれている。そのどす黒さは威圧的で、自然の恐ろしい側面を思わせる。龍の仙人と拾得のような人物の衣は、布というよりはエネルギー体のようだ。うねり、歪められた簫白の描線は、もはやものの境界すら打ち壊し、それらの根幹にあるエネルギーを描いたといえる。

身体性を伴うグレーズによる風や霊力の表現は、ほかに狩野一信の〈五百羅漢図(第二十二幅)〉や、河鍋暁斎の〈放屁合戦絵巻〉が印象的だが、風に煽られ湾曲する炎など、絵巻物に古くから用例がある。私は〈かやせ、もどせ〉や〈大口之真神御神影〉、〈石橋〉、〈双猿、虹を架ける〉などで、これを濃色によるグレーズによって描いてきた。

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また〈死者の書(竹生島)〉では、前述したように霊を白を基調とした色のグレーズによって、雲の形に描いている。その描線は推進に伴って強く巻き込んだり、うねったりする。この雲の発想源になったのは平等院鳳凰堂の〈雲中供養菩薩〉や知恩院の〈阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)〉である。来迎図は死者の臨終に際して立てられた極めて実用性の高い宗教画だったためか、その雲の巻き具合からはシーツのしわのように柔らかな印象を受ける。

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これらの雲はただの雲ではなく、聖なる存在を運んでくる霊的な力の具現化といって良いだろう。私が〈死者の書(竹生島)〉で描いた雲もまた、大津皇子をその執念から開放し、生命の循環に引き戻すために現れた霊である。しかし私はこれらの雲が意志に基づいて動いていることを意識し、それを表すのに程よい張りのある描線を探った。中には目のある雲がある。

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歪められた曲線は、もはやそれが何の霊力を描いているのかこだわらない。雲でもなく水流でもない、線そのものがつくる形によって、森羅万象の力や聖性を圧倒的圧力で描き出す。
狩野芳崖の〈仁王捉鬼図〉では、激しくうねり、流れていく歪んだ線の集合体が画面を支配している。雪庇のような岩壁や樹木を描いていた線が、ここでは仁王の力の奔出、勢いや流れを描き、西洋由来の鮮やかな顔料によって丁寧に彩色されている。鬼を握り潰す仁王の左手背後から現れている巻き込みは、握力の表れらしい。爪のような形状がいくつもゆらめき立っている。ほかに大きく流れる力が画面の奥手前のそこここに、大きく小さく流れている。曽我簫白が描いた仙人の衣のように、仁王の両脇に垂れる布も、先端ではもはや布であることをやめて、得体の知れない力の群れに加わるとともに、左上からの流れを受け止め、跳ね上げることで画面全体のリズムを整えている。

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日本橋三越本店にそびえる佐藤玄々と弟子たちによる10年の偉業である〈天女(まごころ)像〉は、うねりと渦によって屹立する霊力の巨大な塊である。
私は幼少期、吊された洋服の向こうにちらちらとこの像を見た。深く彫り込まれた派手な渦巻きの中に埋もれた決して美人とはいえない天女の白い笑い顔が、半ば悪夢のように脳裏について離れなかった。それは欧米化された生活を送る幼児の前に突如現れたアジアであり、日本だった。
佐藤玄々は福島県現相馬市の宮彫り師の家に生まれ、日本とフランスで彫刻を学び、日本の伝統を乗り越えた新しい表現を作った。フランスでの師であるブールデルは、彼に「汝の血を以て、汝が祖国の魂をつくれ」と語ったという。ここでいう血とは、玄々が受け継いだ宮彫りの伝統や、日本で生まれ育つことで形成された精神を指すのだろう。
横からみれば分かるように、この像は全体が仏の立像か巨大な火焔であるかのように湾曲しており、全体を様々な渦とゆらぎに覆われている。ひとつひとつの造型には形状に添って更に細かな筋が彫られ、そこに高いコントラストをつけた五色が、金や銀のハイライトと共に塗られている。宮彫りの技術である。これによってひとつひとつの形は更に強調され、目眩を引き起こすほどまでに高められている。
正面には天女と鳳凰が降り立っているが、自身も渦とうねりを纏ったかれらは、形状と色彩によって周囲と半ば一体化している。

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裏面では主役となった渦が一層ダイナミックに渦巻いている。その奔流に沿って輪を描く小鳥や、小鳥が咥えている花は正面と同じように非常に形式的で、幻想的なユートピアを思わせる。しかしその上部で黄金の炎を放つ一つ目が、目眩を楽しむ観者をギョッとさせる。実際は宝珠かなにかなのかもしれないが、私はいま目の前の楽しみでありながら、いつ恐怖に転じるか分からない何ものかの意志を示す目玉と受け取りたい。

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私の〈天女(まごころ)像〉は、佐藤玄々の線のうねりや渦に基づく霊力の表現を、絵画ならではのぼかしを用いて再解釈してみたものだ。

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全身をうねりや渦で覆った〈天女(まごころ)像〉は、火焔土器を思わせる。この非実用的な形状をした土器は、しかし実際に煮炊きに用いられた。縄文人が多く居住した土地の学校ということで、小学校の頃縄文土器であさり汁を作って飲んだことがある。あさりと水だけでも未だに忘れられないおいしさだった。料理は自然と人間の生命力の直接的な結節点である。人間の活力の源であるそれを、火の神の力を借りて調理するのが土器だ。それは人間が奪う生命が渦巻く神聖な場でもある。火炎土器が儀礼に用いられたにしろ、万が一日常的に用いられていたにしろ、食事が神聖な行為であることには変わりない。

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私の場合、生命や霊の力を表出する線は、記号や図形ではない。これまで多くの人が実に様々な形で波頭を表現してきたように、力を表す線は観察と実感からなる個々人の経験に基づいて描かれるものだ。従って、例え神仏に伴われる雲のようにある程度記号性のあるものでも、或いは全く目に見えない霊の力であっても、それを構成する線を描くということは、まだ露見していないながらも描き手の内で充分に増幅されている動きを、ひとつひとつ線に固定させていく作業であるといえる。的確な場所に的確な弧を描く作業は高い集中力を要するものであり、ものを描き写しているわけでもないのに、最終的に線が落ち着くところがあるというのは妙な気がする。観者はそれを視覚で追うことにより、描き手が手によって現出させたエネルギーを追体験するのである。
それにもとづく妄想に過ぎないが、縄文土器の渦は、制作者が心の内で増幅させた自然の力の印象を、動的に表した呪術的で宗教的な手仕事なのではなかろうか。どこかそこから夫婦や家族で料理を食べ、血や骨肉とすることで、肉体の内側からうねりや渦に満ちた生命の刺青を施すようなイメージが思い浮かぶ。


動物の意志は、それ自体生命力であり、その姿態や表情に表れる。これは描き手が動物と対等な立場から感情移入し、動物に変身した自らを画中に固着させるようにして描かれる。そこには動物の動きがつくるうねりがある。

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米沢の草木供養塔

論争になることもなく日本にすんなりと受け入れられ、日本仏教の中心思想となった草木国土悉皆成仏という観念がある。草や木や土地など人間のような心を持たない「無情」のものも、すべて仏に成ることができるという思想だ。辻惟雄氏によると、この考えは日本の美術とも深い関わりがあるという(辻惟雄『あそぶ神仏―江戸の宗教美術とアニミズム』ちくま学芸文庫、9頁)。 ここでいう「仏」の厳密な意味は私には分からないが、私の場合は草木国土悉皆神霊であり、先に述べたように永遠に生死を繰り返しながら循環するものと思いながら制作にあたっている。

従って草木のほか、岩や大気、水などの無生物を描くときも、人間や、人間のように顔を持ち、感情の交流のある動物と同じように描いている。そしてそのときにこれらのものがみせる生命力や霊力の表出を担うのは、空間をうねる歪んだ描線である。それは緩急つけてヘビのように捻り出されるダンサーの身体に近い。即ちやはり描く対象の精神を引き継いだ画家の身体表現を固着した線であるといえる。

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〈奪還〉大下図

岡倉天心は、絵画は自然の描写ではなく、筆によって生命の中の生命であるところの、ひとつの観念を解釈した試論であると論じた。私の制作において、樹木の生命力が見せるこの動物的な歪みは私の中で増幅され、能動的に空間を這い回る執拗な描線となる。この線は大下図上で修正を繰り返しながら探るように軌道を定められ、最終的に墨や木炭による身体性の高いストロークによって黒々と描かれる。この線はその後勢いを損なわぬよう大下図から本画へと転写され、これにもとの筆法を反映した陰影が加えられる。

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妙高山のダケカンバ

樹木は動物よりも受動的かもしれない。しかし幅広く陽光を受け止めるため、しなやかにうねる枝を広げながら上へ上へと伸びていく。その全身は雪や吹きすさぶ風によって歪められ、折れたり伐採されれば大きなこぶを作ったり、残された枝が伸びてかくんと曲がったりする。樹皮の内にあるのは、樹木自身の繁茂する生命力と、その身に掛かる外圧を受け止め、押し返し、分散させる、静かだが強い生命力だ。長い年月を掛けて獲得された樹木の姿は、この内と外の力の干渉の表れであり、動物的だ。私はこれが面白くて、度々歪んだ樹木を描いてきた。樹木を描くということは、樹木の生命を描くのみならず、樹木に掛けられる風雪など、外圧の力をも描くことで、自然そのものを描くということだ。

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宋・元・明時代の中国美術を吸収した室町時代以降、日本美術にうねる諸物が描かれるようになった。東京国立博物館には、雪舟の作と伝わる〈四季花鳥図屏風〉が所蔵されている。その左隻の池のほとりには、一本一本的確に置かれた太い線で描かれた梅が、根で地面を掴み、S字を描きながら斜めに立っている。樹下には2羽の雁が各々身を休め、仲間がそこに加わろうとしている。彩度が抑えられている上に、画面がくすみコントラストが低くなっているためか、この絵の左隻には静けさがある。私は二度目か三度目にこの前へ立ったとき、すっかり画中の静寂に心を開かれて、目頭が熱くなるほどの感情の高まりを感じて驚いたことがある。確かに梅樹の佇まいは私が思い描く人知れぬ意志を持つ樹木像と共鳴していたが、背景の雪の起伏も音のように何かを吸い込んだのだろう。よく常設展に展示されているこの絵は、私の力強くうねる諸物の基礎にあるように思う。

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妙心寺の襖絵だったという狩野山雪の禍々しい老梅はひときわ動物的だ。さながら腹に力を入れて身を起こし、空間奥へするすると移動する大蛇のようである。赤いつぼみとかわいらしい白い花がその身に帯びた細かな光の粒となって、生きとし生けるものを寿いでいる。垂直方向に上下する幹の動きは抽象性をも感じさせるが、しかしそれも森羅万象の生命を人間の生命によって咀嚼し、増幅させることで現出するところが日本美術の面白みであるように思われる。

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曽我簫白が描いた〈林和靖図屏風〉の背景でなにやらのたうっているのもまた梅である。しかし筆の先割れすらも喜んで描かれたであろう大樹は、ばさばさと塗られた薄墨の上にグレーズするように施された金泥と相まって、まるで乱気流のようである。詩人と子供を描いたあと、簫白はこれを体全体を使って、半ばトランス状態で描いたに違いない。簫白は同様の度を超えた大樹を度々描いている。さながら樹木の形に記録された、簫白による生命の舞踊である。 

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